我慢の意味 必要性 理不尽

我慢の意味は、辞書に記載されている内容では、辛いことを耐えること。

仏教用語の方は放っときます。

┃必要性

理不尽な事柄や他者の我儘のために我慢をする必要は全くありません。勿論相手の主張など、考え方の軸として、合理性があるのかなど個人的な主観に偏らない判断においてです。

嫌なものは嫌と言っていいし、断ること出来ます。理不尽を押し付けられることは、どんな場所でもありますよね。

┃原因はもしかして

実は対応してる「アナタが助長」してるだけかもしれません。大目に見て許すことで、次もこの手でいこう、他の人にもこの手でいこう。そう考えさせる助長であり、強化です。

法律上で言えば、当然拒否できます。

もちろん拒否できますが、受け入れないことから予見できる何かがあるんでしょう。けど、受け入れたら最後、対等である関係を破壊し、特別扱いと助長し、立場上、上と勘違いさせ、という結果です。

 

世の中には大小、形も違いはあれど、理不尽なことが沢山あります。稀に我慢しすぎて、結果精神的に病んでしまう人等もいますよね。そこまでいくと我慢強いではないわけですが…。

我慢って何が良いんでしょうね?理不尽なワガママに経済的損害や時間的損害が出ても、被害者は我慢をするべきでしょうか?

私は全くそう思いません。どちらかというと今後の社会のためにも、そういった違反行為をする人には徹底的な制裁を加えるなり、行政による処罰により勾留の期間が生まれれば、その人が関わっていた人達が救われると私は考えます。

大体からして、過去我慢をしていた無知な子供時代、物事を見てきた上で思うのは、老若男女、老いも若きも、助長されてる人は、付け上がった結果なので、改善の余地なんてありません。

バッサリ関係を切ってしまうほうが、ストレスも無くなり気楽です。仕事上どうしても関わらないといけないこともあるでしょうけど、契約や法律というルールが定められる上では、無駄な我慢は不必要になります。

理不尽なことや辛いことから開放されるには、法律を勉強し、ルールをしることですよね。ルールがわからないまま、学ばないことが自分自身を苦しめてると思いますよ。

我慢を強いられるものを刑事事件で考えると「強要罪」なんてものもあるんですよ。

我慢から開放されるためには、社会的に適切な見方を勉強し、判断の基準を全て法律にし、個人的な感情的判断を捨て去ることが楽です。法に触れない自由な権利の部分で楽しみましょう。

投稿者: みずがめ座

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