図々しい 厚かましい どんな人?

以前老人に関して題名に触れました。

┃以前書いた記事はこちら

何故 老人 図々しい

 

┃図々しい、厚かましいとは

図々しいとは、他人(自分以外)からの評価です。
厚かましいとは「自分自身で認識した」上での発言です。

「厚かましいお願いとは存じますが、」という発言を使ったことがある人は、客観的にその発言が図々しいことであるということを理解しています。

似たような言葉に

「差し出がましい」があります。お節介、出しゃばり、厚かましいと「客観的に見た場合」を認識できる人が発言する言葉です。

┃図々しくなるのは何故?

シンプルにまとめてしまうと、自立していないことで、他人が自分にとってプラスになること、良くしてくれることを有難いと感じられない、感謝を伝えられない、対価を支払いないことが図々しいです。

血縁者、親も含め誰一人として助ける義務はありません。加害者になった場合では、年齢により保護者に賠償責任があるだけで、「助ける義務」ではありません。

未成年者の場合、保護者の義務がありますが、助けるではなく保護をする義務です。

この保護という範囲の誤りを示す言葉に「過保護」があります。過剰な保護を行い、甘やかし、社会参加が出来ない障害を生み出す結果になるため、過保護であることが批判されたりもします。

┃図々しい人は、恥であること、誤りを感じていない

当たり前といえば当たり前ですが、感じていて理解している上なら、厚かましい状態を耐えられません。

人は対等であることが通常、そして普通です。それが平等、公平です。

得られる価値のある行為をして、対価として何かを得ることが平等であり対等です。

何もせずに、相手が与えてくれるということはありえませんし、求めれば不当利得です。義務の無い相手に負担を押し付ける行為は損害を与えていることです。

┃図々しくない、厚かましくないとは

返報性の原理(法則)という言葉が心理学ではありますが、普通、可能な限り対等であろうとします。

対等であろうとするというのは、与えられた利益に対して、相手に利益を与え対等であります。

お中元やお歳暮等、日本にあるこういった文化の1つも返報性の原理もですが、対等であるため生まれたものなのかもしれません。

 

元来、人付き合いの前提は対等であり施しを受けるだけの立場を良しとせず、その分お返しをして人間関係を構築していくということですね。

┃子どもの場合は例外?

幼い子どもや未成年の場合は、図々しいと批判される機会は相当少ないと思います。

それは未成年であること、金銭を稼ぐことが出来ないことからです。

子どもの場合でも例外の中の例外として、自分の親ではない他人の親(友達の親)に甘えたり施しを受けるではなく「求める」場合等、この場合は図々しいで間違いはありません。

┃図々しいと思われている人はどんな人?

 

社会に出て働くようになった場合は働くことでお金を稼ぐことが出来ます。

このときから図々しい、面の皮が厚い、心臓に毛が生えてると批判的に思われることが発生します。

一人暮らしをするということで知れることは、
・衣=衣類の用意、洗濯等を自分でやることが当然です。
・食=自分で調理をすることが当然になります。
・住=費用の負担や管理を知ることになります。

自立するということは
・何に対してもお金がかかり
・支払わなければいけない立場
・負担しなければいけない立場

ということを学べます。

一人暮らしではない場合でも、親の教育や反面教師の影響により学ぶことが勿論できます。

親が施してくれた衣食住を自分自身で行うとき、
・必要な調理器具
・必要な材料
・必要なスキル
・生活費
・税金

様々なものがあります。

┃家族間でも

「家族だからいいでしょう?」という発言も図々しい発言の1つです。

家族だから、○○だからという言葉は免罪符になりません。

小さな事から大きなことまでありますが、過剰な期待を相手に押し付け、自分だけ楽になる、気持ちよくなろうという考えが図々しさの前提にあります。

┃図々しくならないためには

対価を支払ったとしても、してもらって当然と考えることは誤りです。

代償を支払うことで結果を得られるまでは当然ですが、感謝は必要ですよね。

このお店が安いから使うんだ!と言っても、お店側から嫌われて拒否されたら高いところを選択するしかありませんよね?提供側の方が力関係では上です。

私自身の仕事としても、対価は必ず払わせますが、不愉快な相手なら拒否をします。対価を払うという問題は前提であり、引き続き「人付き合いをしたいのか?」という選択材料があるため、拒否をすることは当然あります。

私の労務では契約がありますが契約の最低限を提供するだけに留まり、必要以上の発言や提案、良い話も一切振らず可能な限り一緒に共有する時間を消します。

 

このことから考えるとわかりやすいように、
・してもらって当然
・当たり前
・自分は対価を払っていないけど、あるから良い

等々、他人を蔑ろにする場合や、自己愛が過剰な場合、単純に対価を支払わず利益だけ享受(不当利得)しようとする場合に図々しい人になり、周りから人が去っていき孤立することや対応がドライになり結果的に損をします。

丨自分のことができない

これも図々しいです。

自分のことなので自分から主張し自分から行動し、責任を背負うことが当然です。

他人は代わりに決めてあげる義務はないですよね。自分のことなんですから自分で考えて行動しなければいけません。

誰かが助けてくれるなを待つと言うことも図々しいで間違いがありません。助けられるまで待ち続けて甘えると言うことですから。

施されるまで待とうとすること自体が図々しいであり、それで良しとすることは誤りです。

┃周りが見えていると円満

自分自身の発言が図々しく、断られて当然と理解している判断ができるからこそ

・厚かましいとは存じますが
・差し出がましいとは存じますが

枕詞に上記の発言が使えます。

この発言が使える場合と使えない場合は、コミュニケーション能力としても大いに好意を得やすいです。

“当然のごとく要求をされることは、迷惑であり鬱陶しく面倒”です。

枕詞に使えるだけで、相手が断りやすくすることもでき十分な配慮も伝わり、人間関係を円滑にするための道具にもなると私は感じます。

最近私が使った場面では予約の時間を変更するというお願いで私は使うことがあります。

┃家族間では

本人は一銭たりとも対価を支払わない状態で
・家族が買った物品を他人に貸す
・家族のカードで支払いをする
・洗い物、洗濯物をさせるだけで一切やらない

というようなものがあります。勿論、対価として他の負担を引き受けている場合はそれで成立することがあるので、図々しいとは別問題です。

外で働いて生活費を入れる代わりにハウスキーピングを引き受ける専業が良い例ですよね。外に出て他人に使われる立場で、時には理不尽に耐え、その対価で得られるお金でハウスキーピングを買っています。

兄弟の場合では
・自分のお小遣いで買ったお菓子を食べられる
・自分で買ったゲーム機を他人に貸そうとされる

というようなかとが兄弟に対して図々しいと感じるようです。

┃知人間のもの

・車を貸してガソリンが空のまま返された
・貸したものが返ってこない
・自販機で小銭を貸して返されない

等、基本的に貸し借りの問題が多く、借りるだけ借りる側で一切のお返しがない場合に図々しいと感じ避けていくようです。

大学生くらいになると車両を出す人が偏ることやガソリン代を負担しない問題等、また安易な考えから保険適用外なのに運転を求めたりすることで一生涯の仲違いや訴訟になることも中にはあります。

┃販売をした時の経験

・お金を払ってるんだぞ?

というのがありましたが通常は謝罪を利用し窘めて引いてもらいますが、同僚の従業員が怒鳴られ泣いていたため、対応を代わり口論から裁判しましょうか?警察必要なら呼びますか?と対応した経験があります。

┃私の思い出

小学生の時の思い出では、朝から友達と遊び、友達の家のご両親から昼食を誘われることがありました。

私は図々しいということはわかりませんでしたが、非常に申し訳なく思い、遊ぶとしても昼以降からにするか友達の家ではなく外で遊ぶことを選択するようになりました。

私の両親が食事を与えてくれないとか、そういった虐待をしていたわけではなく、自分ができない料理を親がしている姿、時間がかかる姿を見ていたことから面倒そう、難しそうと思っていましたし、お手伝いとしてお皿洗いやお風呂の掃除等を求められた記憶もあります。

対価としてお手伝いを求められたわけではありませんが、それだけ面倒くさいということを、自分自身も行って学んでいたからかもしれません。

┃事業主になってからの思い出

・雇ってほしい
・仕入元はどこ?
・それくらい
・無料で教えてもらおうとする
・全く関係ない業者のサポートを求められる

こんな言葉は多く聞いたと思います

投稿者: みずがめ座

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