説明 下手 苦手 言葉にできない

苦手意識はわかります。しなくてよい理由にはなりません。

┃はじめに

人付き合いをしているといますよね。話すことが苦手な人、説明が苦手な人。コミュニケーションが苦手という人。

けど仲がよい人や家族相手なら主張ができたり、人を選ぶだけだったりもします。

男性が苦手という人もいれば、女性が苦手という人、性別に関係なく相手の容姿で苦手に思う人もいれば、年齢層で苦手と思う人もいます。

上記に上げたような理由で苦手、または上記に無い理由で苦手、出来ないと思っても、必要なときはあります。

┃説明が苦手

苦手だからしないでいい理由ってありますか?ないですよね。しないことで自分自身に不利益が発生することは沢山あります。

例えば、

・役所での手続き
・契約手続き

等々、沢山あります。役所での手続きなら免除申請や減額申請が筆頭かもしれませんが苦手意識がある、だからしなかった。

これが理由で許されるわけではなく、しなかった申請の間に決定されてしまった支払いはしないといけません。

その他には業務として行ったことに対し求められる説明も業務遂行の必須になりますよね。できないじゃ通りません。

┃説明が下手

ヘタでいいです。上手な説明を求められていません。

説明を聞いている人が補完したり、不足を質問し求めてくれます。

話すという行為があるのかないのかだけでも全く違いますよね。頭の良い人は話しやすい環境を作り補完も行いながら主張をじっくり聞いてくれます。

┃理解してもらえない

説明が下手で理解してもらえないということは当然あると思います。そしてそれは悪いことではないです。

相手との見解が違うため理解を得られないことと、相手の視野が狭いため理解を得られないこともあります。

もちろん説明している人の話し方が下手なことで理解を得られないことも当然ありますが、話そうとする意思は大切です。出来る限りは説明する努力、話す努力を行い、それでもだめなら諦める、でいいと思います。

┃裁判は

異なる意見のぶつかり合いです。厳密に言えば裁判の意味は仲裁です。

異なる意見が発生した時点で紛争が発生と考えるので、この紛争という争いを終わらせるために仲裁=裁判があります。

説明が下手でも理解してもらえなくても普通のことです。

説明が上手で理解してもらえることが当然なことで説明が下手なことが異常なことなら世の中にある裁判が必要なくなっちゃいます。

なので自分と相手の意見が違うこと、自分の思ったことが理解を得られないことは、主張しないでいい、説明しないでいいという理由には繋がりません。

┃自信が持てない人は

憲法に書いてあることを理解し
民法にある内容を読んで理解し
刑法も読んでみることがおすすめです。

できないこと、わからないことは苦手かもしれませんが苦手なことを克服するには、「わからない」という恐怖を克服することが最短だと私は思います。

自分の主張を貶されるのが嫌と思ったり、主張をして理解を得られないことに不安を感じることは、

主張を認めてもらえない=自分が否定されているとネガティブに強く受取ってしまう、その人の感受性の問題です。それが悪いことではありませんが、してよいこと悪いこと、どこまで求めることが出来て、どこまで許容するものなのか、を法律から学ぶことで相手から何を言われても

相手をする価値、聞き入れる価値を法律というルールから見定めることが出来ます。

法律というルールを知らないということは主張にある権利や根拠を理解することができるので、不必要に気を負うこともなくなり生きやすくなると思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA