確認 連絡 相談 報告 返事がない 意思 表示

返事ができない人の対応は困りますよね。

│トラブル回避のために

相手が返事してもしなくても責務がないように。
相手の都合で待たされることは損である。
必要な内容は、事前に全て通知を行う。

回避のための前提は上記です。

後は放置でトラブルになっても、「通知してますよね、連絡してますよね、報告してますよね」これで終わりです。

ラインやメール、録音機能はとても便利ですよね、「既読」がつくので既読がついた内容をスクリーンショット撮り、個人用に保管(別のラインアカウントのノートに投稿)しておくこと等で揉めても「あなたが返事しないで後回しにしてたからでしょう?」とスクリーンショットをあげれば一件落着です。

ラインが使えないような場なら、秘密録音しておけば良いです。

人のせいに責任転嫁をする残念な人は黙らせられます。責任を問われても、ではこちらどうぞ!と証拠を与え、必要なら斡旋や調停しましょうか?と煽って構いません。こういった人から負担を受けないためには、痛い思いをさせることでしか学べません。

理不尽を押し付けられ受け入れて許容してしまうと、このタイプは、「このやり方」で、生きてきているのでさらに理不尽な要求にエスカレートするか、状況の維持にしかできません。

このページを見に来ている被害者の人なら、関わらないために逃げるか、理不尽な負担をしないために戦うかの二択です。

大切なこと

意思の表示、確認は大切ですよね。民事でもこの辺争点になります。

確認に返事なし、連絡に返事なし、報告もなし、内容の履行も不適当で面倒、負担ばかり生み出す人。

文章にしても読んでいない上、時間関係なく電話連絡してくることもありますね。

こんな人は、経営者から学生から立場も違えば年齢層も様々ですが、一定層存在します。

確認、連絡、報告、相談がそもそも出来ないような人は、どのような立場の人であっても、組織運営、コミュニケーション、プライベートに対してまで様々な経緯で害を生みます。足手まといで生産率が下がり、その上プライベートまで侵食してきます。

そして次の項に続く過剰な期待から「大丈夫だと思いこんでいて」余計なトラブルや時間猶予がない無理な状況を生み出します。もちろん無理なものは無理なので、出来ないことがありますが、自業自得にも関わらずイライラと人に八つ当たりをするので救えません。

とても不思議なんですよね、事前に確認され、連絡通知を受け、報告を受けている上で、「必要なことをせず」放ったらかしておいて、突然後々から言い出すというのが不思議でなりません。

判断する立場にありながら、すぐに返事が出来ないというのは、仕事の面では後手であり、リスクヘッジも出来ない、先見の明がないということです。

そして確認、連絡、相談、報告、返事が出来ない人は、失礼、無礼を超える非礼です。他人に被害をもたらす現実を認識できていないのです。

コミュニケーションの能力として社会性として

非常に大事ですよね。友達同士の付き合いでは、ナアナアで許してもらうのもある程度は通じそうです。ある程度を過ぎれば関係は解消になるでしょう。

仕事はもっと大事です。一緒に仕事をするということやチームワークなど出来ないということです。役割分担をして確認、連絡、報告が無いなら、役割を与えること自体が致命的な問題になりますからね。

場合によっては、コミュニケーションが出来ない人をグループ分けする人の責任にもなるのかもしれません。

過剰な期待は損をする

他人は保護者では無く、面倒をみる義理も義務もないので、他人に対して思春期の子どものような態度をとっても損です。

多いんですよね、過剰な期待。そして自分のことしか考えないような人。

不思議な人だと、「自分は目上だから、下から挨拶させる」という意味の分からない自閉症者のようなコダワリを持っていて、人間関係の不和を起こす人やプライド?なのか、自分を王様とでも勘違いしてそうな偏屈な方もいます。

まず、なぜこうなるのか、思い通りにならなかったのか?等省みる必要がある人が多く居ますが経験から学ぶこともできません。

丨空気を読むとは甘やかすことではない

これ、多いと思います。不必要に許容をすることも含んでしまう「空気を読む」です。

「相手とは話が通じず」面倒になりそうだから「何もしない」という結果、つけあがらせるわけてもあります。

空気を読む=黙っているでもなければ、不利益の予見を放置する故意を肯定されているわけではないです。

私のお客さんにもいます。

特別私が困ることは一切ないように契約書を作っているので私に損がなく問題はないです。

ただ、同じ組織内での付き合いだと、こんな人達と働く人は辛いだろうなと思います。

50代以上の人に多くいます

仕事で困らないために

私が自分の仕事で困らない理由は簡単に「契約書」に明記あることです。営業行為はないですし、委任の遂行なので依頼がなければ私から働きかける必要がありません。義務も義理もないです。

相手方から委任を私が請ける判断をしたときに初めて行為の義務が発生するようになっています。

また秘密保持契約もしっかりしてあるので「私がもたらした利益・情報等」は契約の継続が必須になっており解除する場合は使えません。解除後に利用した場合は、解除無効になるので契約の解除日へ遡り、不当利得を返還請求です。

契約書の前提は「正直者が馬鹿をみないため」のものです。この場合はコミュニケーション能力が著しく低い相手や偏屈な相手に対しても有効です。

契約書というものは、信用、信頼で成立ができるのなら存在がしなかったものではないでしょうか?

「しっかりした人を守るため」に契約書という存在が必要になったのだと私は思います。何度考えても目的や原則を考察してもそうなっちゃいます。何せ正直な人、まじめな人、約束を守る人が損をしないようにするものが契約書で違反する人に不当利益を与えないで「しっかりした人を守るため」保護する目的です。

不適当でわがままで、自分本位にしか考えない、やることやらない・できない普通以下から「しっかり守る人達の」平等、安定、発展を維持するために必須な縛り付ける鎖です。理不尽や横暴がまかり通ってしまえば社会は不安定になってしまいますよね。

契約条件では、例えば遅延損害金の規定に不満を言う人は人間性もよくみえますよね。最初から期日を守った支払いの履行が出来ないことをわかってるんでしょうし、「守るつもりがない」ということですからね。

対価を払えないのに依頼する気です!という手前、遅延損害金や利息の規定があると、支払いをせすにいると裁判所に呼び出されることくらいは理解できるため、

依頼して成果を得て、対価の支払い踏み倒し作戦ができないことをキビシイ!と言っているわけです。

投稿者: みずがめ座

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