苦労 している していない

「苦労をしていないように見える。」

という言葉からの話です。

他人に対して、「あなたは苦労していない」と思っても、言うと大損です。

言わない方が良いです。

┃言わない方が良い理由

1.相手の人生の全てはわからない

2.苦労なんて誰に対しても本来いらない

3.苦労しないで済むならそれが一番良い

4.言った人の自己判断に批判をして良い合理的な理由はない。

※4に限っては、時間的、経済的損害を受けた場合は、必要な損害復旧のための抗議はして良いと思いますが、「苦労をしているかしていないか」は損害の復旧のための抗議には関係のない感情的な問題かつ、「1」があるため、不必要な言動をすることで、余計拗れるだけなので言うだけ解決がスムーズではないです。もっと強く言えば、人生経験として不用意すぎる発言で解決を妨げることこそ、苦労をしていない証明、経験不足を意味します。

 

┃苦労とは?

苦しい思いをすること ですよね。

┃苦労をしている人とは?

成果がある人だと私は思います。

苦労をしていない人は、周りが施しを行います。そのためいつまでたっても自発的でもなければ、「自分で最後まで解決」できません。自己解決まで至らないのです。

 

困った時に、苦労が発生するときに「誰かに助けを求め」解決をすることができる人です。

┃苦労をする人とは?

1.周りが助けてくれない(周りは助ける義務はない)

2.助けを求める権利を得るために支払う対価を持っていない(お金)

かもしれません。

そういえば出来ない5原則ってありますね。

1.読まない
2.調べない
3.試さない
4.理解力が足らない
5.人を利用することしか頭にない

 

┃援助を受けられず苦労した人は

それまでの苦労の数だけ経験値となっていて、苦労を解消するための論理的思考、解決方法、手法を持ち合わせ、適切な処置を行うために使うべき適当な場所を判断でき、実現のために必要な行為をスムーズに実行できます。

その結果、「大きな苦労もなく解決」しているようにみえます。

┃ある程度苦労している人

出来る人への評価が、尊敬になっていたり、人によっては、その人の人生を思慮します。

出来る人ほど苦労をしている事が合理的です。出来るようにならざるを得ない立場、状況に追い込まれた結果でしょうからね。

※私の場合は、出来る人の年齢が若ければ若いほど、人格、心理学、行動学から思慮します。心配します。

┃全く苦労していない人

出来る人に押し付けます。

苦労を買わず押し付け、出来ない人のままなので、相手にやらせて解決です。

子どもが出来ずに親が代わりにしてあげるのと同じように「解決方法=誰かにしてもらう」なので、成長がありません。

または、裕福な状態であり、「お金」で解決します。別に悪い意味ではなく、掃除屋を呼んで掃除してもらう、弁護士を呼んで弁護してもらう、自炊せずに外食をする、というような程度です。

お金という対価の代表がある人は、例えば自炊という面倒(苦労)から開放されます。お金があるうちは。

┃どうやって生きていくのか不思議な人

なんで自分ばかり…。など、全く見当違いな現実逃避な発言をしていたり、どうにもならない弁明にならない感情的な言い訳や愚痴を述べ、許容してくれない周りの他人に文句を言っていたり、逆ギレしてることがあります。

なんで自分ばかり…と判断力がなく誤った行動をして破綻した人や弁明にならな自分本位な人は、夜逃げしました。

別パターンでは宗教にハマった場合があります。

解決の仕方から目を背け「神の与えた試練」など、意味不明な解釈へ至る、ですね。

関わらないのでその後どうなってるのかはわかりません。

 

┃私の目でみる苦労している人、していない人の基準

読まないで聞く
調べないで聞く
試さないで聞く
理解するために聞く
人にしてもらう

致命的にだめな人は、対価を払おうとしません。他人の時間を奪うことに抵抗がなく「いいじゃんそれくらい」+「自分の気持ちをいう」など。

1.手続きが全て本人だけで知人の手助けなく完結できるか。

様々な手続きがありますが、大人ですから出来ますよね。それが出来ない場合、子どものままです。

解決のために出来るようになるには下記2.が必要になります。

2.確認、連絡、相談、報告、返事ができるか。

出来ないことで発生するトラブルを経験していれば、しないことが損なことをよく認知しているはずです。身近なトラブルを発生させる原因はコレです。

手続きでわからなければ、適切な場所で「確認、相談」すればいいんです。対価の支払いが必要なら支払います。支払えない=委任が出来ないのなら自分で学び、自分で書類作成などに至ります。

3.話が通じるのが早いか遅いか。

経験から学び、話の結論に至る経緯を話す必要もなく1で10通じる人はいます。歴史から学ぶ賢者は経験がなくとも結論に至る経緯を説明するまでもなく理解があります。

4.論理的思考があるか。

論理的思考は、合理的判断に至るために必要なものです。論理がなければ弁明もできません。弁明ができるということは、行為に対して判断があったため、正当性を訴える上で判断に至った経緯を語ること(弁明)ができます。弁明ができない=自分本位=トラブルを起こす=誰かに助けてもらう(相手が諦める)ばかり=苦労していないため何もわかっていない。

5.合理的判断ができるか。

自分だけが気持ちよくなるような、論理も合理性もない自分本位なワガママで生きている人は、そのやり方が相手に迷惑をかけ、トラブルになりえることを知りません。苦労、面倒、トラブルは避けたいのが普通なので、トラブルになり得ることをするということが、苦労をしていない証です。